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東京地方裁判所 昭和46年(ワ)151号 判決 1976年5月26日

原告

長谷川町子

右訴訟代理人弁護士

東季彦

外一名

被告

立川バス株式会社

右代表者代表取締役

鈴木卓

右訴訟代理人弁護士

根本好夫

主文

被告は、原告に対し、金一、八二四万四、〇九九円及びこれに対する昭和四六年一月二八日以降支払済みに至るまで年五分の割合による金員を支払え。

原告のその余の請求を棄却する。訴訟費用は、これを二分し、その一を原告、その余を被告の負担とする。

この判決は、第一項に限り仮に執行することができる。

事実

第一  当事者の求めた裁判

一、原告

(一)  被告は、原告に対し、金三、六七二万円及びこれに対する昭和四六年一月二八日以降支払済みに至るまで年五分の割合による金員を支払え。

(二)  訴訟費用は、被告の負担とする。

との判決並びに右(一)につき仮執行の宣言を求める。

二、被告

(一)  原告の請求を棄却する。

(二)  訴訟費用は、原告の負担とする。

との判決を求める。

第二  当事者の主張

一、請求原因

(一)  原告の著作権

原告は、漫画家であり、漫画「サザエさん」をその代表作とするものである。

ところで、漫画「サザエさん」は一日分四齣の画面によつて構成された新聞連載漫画であつて、原告は、昭和二一年以降これを著作し、当初は、夕刊フクニチに掲載して公表し、次いで昭和二四年以降は、朝日新聞に掲載して公表し現在に至つているものである。そこで、漫画「サザエさん」は、一日分四齣の部分を、一つの著作物ということもできるが、この連載の間、主役のサザエさんはじめ、脇役のカツオ、ワカメその他の人物が、常に、同一性を保つて登場し活躍しているものであつて、最初掲載されたものから現在掲載されているものまでを含め、全体として、一個独立の著作物ということができるのである。従つて、原告は、この漫画「サザエさん」全体(以下「本件漫画」という。)について一個独立した著作権(以下「本件著作権」という。)を有する。

(二)  被告の侵害行為

1 被告は、旅客自動車運送を業とする会社であり、その本業である乗合バス部門のほか、昭和二六年四月ころ、観光バス部門を設け、その営業を開始するに当たつて、その名称を「サザエさん観光」とし、昭和二六年五月一日から昭和四五年一二月三一日までの間、バスの車体の両側に、それぞれ別紙目録記載の頭部画(以下「本件頭部画」という。)を作出し(以下「本件行為」という。)、そのバスを運行して貸切バス業務を営んだ。

2 被告の本件行為は、原告が本件漫画について有する複製権を侵害するものである。すなわち、本件漫画中には、サザエ、カツオ及びワカメ等の頭部画が多数描かれているため、被告の本件行為を、本件漫画中、特定の日の新聞に掲載され特定の齣をそのまま引き写したものであると判断することは困難であるが、本件頭部画の内容から明らかなとおり、本件漫画から、サザエ、カツオ及びワカメの頭部に表現されたキヤラクター(character)を再製したものであつて、それ自体複製権の侵害を構成するものというべきである。

ここにいうキヤラクターとは、本件漫画に即していうと、漫画に登場する人物の図柄、役柄、名称、姿態などを総合した人格とでもいうべきものである。ところで、漫画の登場人物の姿態、特に、登場人物の顔面を含んだ頭部には、その人物の特徴が描出されているのであつて、これは漫画の生命たるものに外ならず、そこには、著作者の思想感情が、創作的に具現されているのである。そこで、著作者の思想感情の創作的表現としての漫画の登場人物の頭部に表現されたキヤラクターを、その著作権者に無断で複製する行為は、当該漫画の著作権者が有する当該漫画についての複製権の侵害を構成するものというべきである。その場合、本件漫画中の特定の一個の頭部画の複製であるということがいえないとしても、一般普通人によつて、当該漫画中の登場人物の頭部を描出したものであるということ、すなわちその同一性が認識されれば十分であると解すべきである。本件において被告が複製した各頭部画は、何人にも、これらが原告著作の漫画「サザエさん」に登場するサザエ、カツオ及びワカメの頭部を画いたものであることを即座に且つ明瞭に認識せしめるに足りるものであり、また、被告自らもそのような意図をもつて複製したものであることは、被告観光バスが「サザエさん観光」の愛称を公募のうえ使用していた事実に徴して明らかである。

被告の本件行為は、右趣旨において、原告の本件漫画について有する複製権を侵害するものである。

(三)  原告の損害賠償請求

被告は、本件行為が、原告の本件著作権を侵害するものであることを知り、又は、知りえたにもかかわらず、過失によつてこれを知らないで、昭和四二年三月一日から昭和四五年一二月三一日までの間、その運行に係る観光バス二七台の車体両側に、本件行為をした。

従つて、被告は、原告に対し、右侵害行為によつて原告に加えた損害を賠償すべき義務がある。

ところで、原告は、被告の右行為により、著作権の行使につき通常受けるべき金銭の額相当額の損害を受けたというべきところ、右の通常受けるべき金銭の額は、バス一台につき一か月当たり少なくとも金三万円であるから、右金額に前述のバスの台数二七及び本件行為期間の月数四六を乗じた金三、七二六万円が、本件行為により前述の期間内に原告が被つた損害となる。

よつて、原告は、被告に対し、右損害金の内金三、六七二万円及びこれに対する訴状送達の日の翌日である昭和四六年一月二八日以降支払済みに至るまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める。

二、請求原因に対する被告の答弁

(一)  請求原因(一)は、認める。

(二)  同(二)、1は、認める。

同(二)、2は、否認する。原告は、被告の本件行為を、本件漫画中、特定の日に新聞に連載された特定の齣をそのまま引き写したものであると判断することは困難であるが、本件頭部画の内容から明らかなとおり、本件漫画から、サザエ、カツオ及びワカメの頭部に表現されたキヤラクターを再製したものであつて、それ自体複製権の侵害を構成するものであると主張する。しかしながら、被告の本件行為は、単に観光バスの車体の側面に本件頭部画を作出したに過ぎないものであつて、原告が主張するように本件漫画から、サザエ、カツオ及びワカメの頭部に表現されたキヤラクターを再製したものではない。また、原告は、キヤラクターとは本件漫画に即していうと、漫画に登場する人物の図柄、役柄、名称、姿態などを総合した人格とでもいうべきものであると主張するが、被告の本件行為は、本件漫画の登場人物の、原告が右主張するようないわゆるキヤラクターを再製したものではない。従つて、被告の本件行為は、それ自体原告が本件漫画について有する複製権の侵害を構成するということはあり得ない。原告は、被告の本件行為は本件漫画についての複製権の侵害であると主張する以上、端的に本件漫画のどの部分についてどのような複製権の侵害をしたかを具体的に主張すべきであつて、抽象的なキヤラクター理論をもつてする著作権侵害の主張は認められるべきではない。

(三)  同(三)のうち、被告が原告主張の期間、被告の運行に係る原告主張の台数の観光バスの車体両側に本件行為をしたことは認めるが、その余の事実は否認する。

第三  証拠関係<略>

理由

一原告が漫画家であつて、漫画「サザエさん」がその代表作であること、漫画「サザエさん」は一日分四齣の画面によつて構成された新聞連載漫画で、原告は昭和二一年以降これを著作し、当初は夕刊フクニチに掲載して公表し、次いで昭和二四年以降は朝日新聞に掲載して公表し現在に至つているものであること、被告は観光バスの営業を開始するに当たつて、その営業の名称を「サザエさん観光」とし、昭和二六年五月一日から昭和四五年一二月三一日までの間、観光バスの車体の両側に、別紙目録添付の写真に示すとおりの連載漫画「サザエさん」の登場人物であるサザエさんを上部中央に、カツオをその下部右側に、ワカメをその左側に配した右三者の各頭部画(本件頭部画)を作出(本件行為)し、そのバスを運行して貸切バスの業務を営んだことは当事者間に争いがない。

右のとおり、漫画「サザエさん」は、昭和二一年から被告の本件行為に至るまでの間、新聞紙上に連載されてきたものであり、また証人Iの証言によれば、被告の観光バスの名称「サザエさん」は昭和二六年頃一般から募集したものであり、被告は同年五月から、車体の両側に本件頭部画を描いた観光バス一台をもつて観光バス営業を開始し、昭和三九年には右バスが二七台になり、そのバスをいずれも原告からの使用差止めの要求があつた昭和四五年一二月まで引続き使用してきたものであることが認められ、右事実によれば、被告の本件行為当時、既に漫画「サザエさん」は、現に当裁判所に顕著な事実である漫画「サザエさん」の内容、すなわち次のとおりのものであつたと認められる。

すなわち、漫画「サザエさん」には、その主役としてサザエさん、その弟のカツオ、妹のワカメ、夫のマスオ、父の波平、母のお舟等が登場し、サザエさんは平凡なサラリーマンの妻として、家事、育児あるいは近所付合いなどにおいて明るい性格を展開するものとして描かれており、またその他の登場人物にしてもその役割、容ぼう、姿態などからして各登場人物自体の性格が一貫した恒久的なものとして表現されており、更に特定の日の新聞に掲載された特定の四齣の漫画「サザエさん」はそれ自体として著作権を発生せしめる著作物とみられ得る。

右のように認められる。そして、右特定の四齣の漫画には、特定の話題ないし筋とでもいうべきものが存するが、たとえ原告自身が作成した漫画であつて、その話題ないし筋が特定の四齣の漫画「サザエさん」の話題ないし筋と同一であつても、そこに登場する人物の容ぼう、姿態等からしてその人物がサザエ、カツオ、ワカメ等であると認められなければ、その漫画は漫画「サザエさん」であるとは言えないし、逆に話題ないし筋がどのようなものであつても、そこに登場する人物の容ぼう、姿態等からしてその人物がサザエ、カツオ、ワカメ等であると認められれば、その漫画は、原告自身が作成したものであればもちろん漫画「サザエさん」であり、また他人が作成した漫画であつてもそこに登場する人物の容ぼう、姿態等からしてその人物が原告の作成する漫画「サザエさん」に登場するサザエ、カツオ、ワカメ等と同一又は類似する人物として描かれていれば、その漫画は漫画「サザエさん」と誤認される場合があるであろうと解される。更にまた、右のように長期間にわたつて連載される漫画の登場人物は、話題ないし筋の単なる説明者というより、むしろ話題ないし筋の方こそそこに登場する人物にふさわしいものとして選択され表現されることの方が多いものと解される。換言すれば、漫画の登場人物自体の役割、容ぼう、姿態など恒久的なものとして与えられた表現は、言葉で表現された話題ないしは筋や、特定の齣における特定の登場人物の表情、頭部の向き、体の動きなどを超えたものであると解される。しかして、キヤラクターという言葉は、右に述べたような連載漫画に例をとれば、そこに登場する人物の容ぼう、姿態、性格等を表現するものとしてとらえることができるものであるといえる。

二被告は、前認定のとおり、観光バスの車体の両側に本件頭部画を作出した(本件行為)ものであるところ、被告の右本件行為は、話題ないしは筋とでもいうべきものを表現したものではないし、また本件行為の主たる目的にしても、「サザエさん観光」と称する観光バスの営業に供されるバスであることを表示すること、つまり被告の営業の施設ないしは活動を表示することにあるものと解される。しかし、本件頭部画は、成立に争いがない甲第五号証で認められるとおり、誰がこれを見てもそこに連載漫画「サザエさん」の登場人物であるサザエさん、カツオ、ワカメが表現されていると感得されるようなものである。つまり、そこには連載漫画「サザエさん」の登場人物のキヤラクターが表現されているものということができる。ところで、本件頭部画と同一又は類似のものを漫画「サザエさん」の特定の齣の中にあるいは見出し得るかも知れない。しかし、そのような対比をするまでもなく、本件においては、被告の本件行為は、原告が著作権を有する漫画「サザエさん」が長年月にわたつて新聞紙上に掲載されて構成された漫画サザエさんの前説明のキヤラクターを利用するものであつて、結局のところ原告の著作権を侵害するものというべきである。

原告は、最初に新聞に掲載された「サザエさん」から現在掲載されているものまでを含めて、全体として一個独立の著作権を有しており、被告の本件行為は、右一個の著作権の複製権を侵害するものであるとの趣旨の主張をしている。しかしながら、例えば新聞等に連載される小説等ならば、それは完結を予定されるものであり、完結した場合にはそれは全体として一個の著作物であり、一個の著作権が発生する(新聞に連載される小説等であれば、特定の日に掲載された部分も、それに著作物性――思想又は感情を創作的に表現したもの――が認められれば、それに著作権が発生することはいうまでもない。)ことがあるとしても、本件漫画「サザエさん」のような種類のものは、そのような完結が予想されないものであり、従つて原告の右主張は、内容不定のものについて一個の著作権を主張することとなり、これを是認することができないが、原告はなお、一日分四齣の部分についても著作権を有することを主張しているところであり、原告の右全体として一個の著作権を有するとの主張は、原告の法律的な見解を述べたにすぎないものというべきであるから、当裁判所としてはこれに拘束されない。

三そこで、損害の点について検討するに、前説明のとおりの被告の本件行為の態様によれば、本件行為が本件著作権を侵害するものであることについて、被告に、少なくとも過失があつたものと推認することができる。

そうすると、被告は、原告に対し、本件行為によつて原告が被つた損害を賠償すべき義務がある。

被告が昭和四二年三月一日から昭和四五年一二月三一日までの間に、その運行に係る観光バス二七台の車体の両側に、本件行為をしたことは当事者間に争いがない。ところで、原告は、被告の右行為により著作権の行使につき通常受けるべき金銭の額相当額の損害を受けたというべきところ、右の通常受けるべき金銭の額はバス一台につき一か月当たり少なくとも金三万円であると主張する。証人H、同Mは、本件頭部画についての通常受けるべき金銭の額はバス一台につき運行一か月当たり金三万円が相当であるとそれぞれ供述するところであるが、これを裏付けるに足りる的確な証拠はなく、右供述部分をにわかに信用することは困難であるし、他に右主張事実を認めるに足りる証拠はない。しかしながら、証人Mの証言によれば、漫画その他のキヤラクターを商品に使用することを許諾する契約において、その使用料はキヤラクターが使用される商品の販売価格の少なくとも三パーセントを下らない額で定められているのが業界の慣行であることが認められるところ(他に右認定を左右するに足りる証拠はない。)、被告の本件行為の場合は観光バスによる運行収入が右商品の販売価格に相当するものと解されるから、右認定の事実に基づき、本件頭部画が描かれた観光バスによる運行収入の三パーセントに当たる額を、本件頭部画についての通常受けるべき金銭の額であると認めるのが相当である。

ところで、成立について争いがない乙第二号証ないし第七号証及び証人Iの証言により真正に成立したことが認められる乙第八号証によれば、被告は別紙運行実績表期間欄記載の期間に、同表バス車輛数欄記載の車輛を運行し、同表運行収入欄記載の運行収入を得たことが認められ、他に右認定を覆すに足りる証拠はない。右認定の事実によれば、本件頭部画についての通常受けるべき金銭の額は、別紙使用料計算表記載のとおり、番号一の原告の請求期間の始期である昭和四二年三月一日から同月三一日までの一か月間は、別紙運行実績表番号一の昭和四一年一〇月一日から昭和四二年三月三一日までの六か月間の運行収入金五、四四七万一、〇〇〇円を六で除してその間の運行収入を算出し(右一か月間の運行収入を直接認めるに足りる証拠はないから、右六か月間の運行収入の一か月平均の運行収入によつた。)、次いでこのうちの本件頭部画が描かれたバス車輛数二七台による運行収入を算出し(右一か月の運行収入に同表侵害車輛割合欄記載の二九分の二七を乗じた額。本件頭部画が描かれている観光バス及び本件頭部画が描かれていない観光バスのそれぞれによる各運行収入の額を別々に算定するに足りる証拠はないから、各車輛の運行収入はすべて同一の額であるとして按分計算の方法によつた。以下同じ。)、更にこれに同表使用料率欄記載の使用料率を乗じた同表使用料欄記載の金二五万三、五七二円と認められ、また同表番号二から番号八までの期間は、同表運行収入欄記載の金額に同表侵害車輛割合欄記載の分数及び同表使用料率欄記載の使用料率を乗じた同表使用料欄記載の各金額と認められるから、従つて総合計額は金一、八二四万四、〇九九円となる。しかして、昭和四五年一〇月一日から原告請求期間の終期である同年一二月三一日までの間の通常受けるべき金銭の額は、その間の運行収入及び運行車輛数を認めるに足りる証拠がないから、これを算出することができない。

右のとおりであるから、原告の請求期間中の観光バス二七台についての本件行為に対する通常受けるべき金銭の額は、右金一、八二四万四、〇九九円の限度で肯認することができる。

四以上のとおりであるから、原告の本訴請求は、損害金一、八二四万四、〇九九円及びこれに対する訴状送達の日の翌日であることが記録上明らかな昭和四六年一月二八日以降支払済みに至るまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める限度で理由があるので、これを認容することとし、その余は理由がないので棄却することし、訴訟費用の負担について民事訴訟法第八九条、第九二条本文、仮執行の宣言について同法第一九六条第一項を各適用し、主文のとおり判決する。

(高林克巳 清水利亮 木原幹郎)

目録、運行実績表、使用料計算表<省略>

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